亀岳林万松寺(きがくりんばんしょうじ)で御朱印をいただきました。

所在地:愛知県名古屋市中区大須3-29-12
駐車場:Times万松寺(有料)
アクセス:地下鉄鶴舞線・名城線上前津駅から徒歩約3分
名古屋・大須商店街の喧騒の中に、突如として現れる巨大な白龍。
一見、現代的な「ハイテク寺院」に見える万松寺(ばんしょうじ)ですが、実はここは織田信長、徳川家康、加藤清正といった戦国スターたちの足跡が色濃く残る、歴史マニア垂涎の聖地なのです。
今回は、歴史ファンなら一度は訪れたい「あの事件」の舞台と、御朱印コレクターを虜にする授与品の秘密に迫ります。
■万松寺の歴史
天文9年(1540年)織田信秀により織田氏の菩提寺として那古野城の南側に建立された。開山には信秀の叔父にあたる雲興寺第8世・大雲永瑞和尚が迎えられた。
当時は現在の中区錦と丸の内2丁目・3丁目にまたがる広大な寺領を持っていたが、慶長15年(1610年)名古屋城を築く際に小林邑(現在の大須3丁目)に移建した。
移転後も尾張徳川家朱印寺として篤く信仰され、慶安4年(1651年)には徳川義直室高原院(亜相源敬公大夫人)の御霊屋(霊廟)を建立している。
昭和20年(1945年)3月12日の名古屋大空襲で当寺は全焼し、大須も焦土と化した。
戦後、不動堂と稲荷堂は再建できたが、長らく本堂は再建されることはなかった。
平成6年(1994年)4月、ついに本堂が地下1階、地上5階建ての鉄骨鉄筋コンクリート造の建築物として再建された。

■「うつけ者」信長、覚醒の地。
万松寺を語る上で外せないのが、天文21年(1552年)に行われた織田信長の父・信秀の葬儀です。
教科書でもおなじみの、「信長が父の遺影に抹香を投げつけた」という衝撃的なエピソード。
その舞台こそが、ここ万松寺でした。
当時、周囲から「うつけ」と呼ばれた若き信長が、既存の価値観を打ち破り、天下人へと歩み出す覚醒の瞬間を想像すると、境内の空気も違って感じられます。
現在は、2時間おきに上演される「からくり人形」でその様子が再現されており、信長の苦悩と決意を間近で体感できます。

■家康の「人質時代」と清正の足跡
さらに驚くべきは、徳川家康との縁です。
幼少期の家康(竹千代)が、織田家の人質として約2年間を過ごしたのがこの寺でした。
後の幕府を開く英雄が、どのような思いでこの空を見上げていたのか……。
また、名古屋城築城の際には加藤清正がここを宿舎としていた記録もあり、まさに「戦国オールスター」が交差した、歴史の交差点なのです。

■主要な仏様とご利益
本尊 十一面観世音菩薩: あらゆる願いを叶えるとされる菩薩様です。
身代不動明王: 厄難消除や身体健全のご利益があるとされ、毎月28日には縁日護摩が行われます。
白雪稲荷: 金運招福や商売繁盛の神様として信仰されています。

■過去と未来が交差する、唯一無二の寺
最新のLEDで彩られた納骨堂や、夜空に吠える白龍モニュメント。
一見、派手に見える演出の裏には、信長が愛した「革新性」と、500年近く守り抜かれてきた「伝統」が共存しています。
歴史の息吹を感じながら、自分だけの一体(一冊)を求めて。
今週末は、大須の万松寺で時空を超えた旅を楽しんでみませんか?

■御朱印マニア悶絶!デザインと種類の豊富さ
万松寺は、全国の御朱印ファンからも「聖地」として崇められています。
十一面観音、身代不動、白雪稲荷など、複数の仏様ごとの御朱印。
「織田家・徳川家」の紋が入った、歴史ファンにはたまらないデザイン。
季節ごとに変わる期間限定・切り絵御朱印や、金文字が映える豪華な仕様。
特に、龍が立体的に表現されたデザインや、デジタル技術を駆使したWEB授与所の取り組みなど、常に「新しさ」を追求する姿勢は、何度訪れても新しい発見があります。

いただいた見開きのご本尊十一面観音の御朱印。

織田家と徳川家の家紋入り織田信秀公菩提所の御朱印。