【若宮八幡宮】川崎・大師河原の歴史と、心に波風が立ったある日の出来事
若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)で御朱印をいただきました。
若宮八幡宮
[若宮八幡宮]
📋 基本情報
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師駅前2丁目13−16
駐車場:あり(無料)
アクセス:京急大師線「川崎大師駅」南口より徒歩約2分

📝 参拝情報
参拝時間:24時間
授与所受付時間:9:00〜17:00
御朱印受付時間:9:00〜16:30

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
平日:基本的に書体(文字)のみのシンプルな御朱印です。
土日祝:イラスト付きの華やかな御朱印が授与されることがあります。
限定御朱印:1月の注連縄作りや、夏詣(7〜8月)、選挙当日(選挙割限定)など、季節やイベントに合わせた期間限定のデザインが多数登場します。
初穂料(目安):500円
※デザインなどによって変わる場合もあります。
授与場所:拝殿右側の授与所にてご対応いただけます。
受付時間:9:00〜16:30

京急大師線「川崎大師駅」から歩いてすぐ。
今回は、古くからこの地の鎮守として親しまれている若宮八幡宮を訪れました。
仁徳天皇を主祭神とし、多摩川の氾濫から土地を守る治水の神様、そして子供たちの健やかな成長を見守る神様として、地元では古くから篤い信仰を集めている神社です。

若宮八幡宮の御朱印
直書きでいただいた御朱印。

若宮八幡宮の鳥居
「石鳥居」
鳥居をくぐると、駅前の喧騒が嘘のように静かな空間が広がります。
社殿のそばには、この地の歴史を物語る「大師河原干拓」に関する石碑などもあり、川崎の発展を見守り続けてきた重みを感じることができます。
お昼ごろに到着し、まずは無事に参拝を済ませました。
ここまでは、いつも通りの心地よい神社巡りになるはずだったのですが……。

若宮八幡宮「拝殿」
「拝殿」
昭和20年(1945年)4月15日の「川崎大空襲」によって焼失し、現在の拝殿は昭和35年(1960年)に再建されました。

📜 ご由緒
東京都大田区東六郷にある八幡塚六郷神社から、氏子の方々の移住とともに、この地に祀られたのが始まりとされているそうです。

大師河原の干拓地を守る総鎮守として、六郷神社の御祭神である応神天皇の御子・仁徳天皇が、淀川の治水工事でのご功績にちなみ、お祀りされたと伝えられています。

創建された正確な年代ははっきりしていないものの、永正17年(1520年)から弘治元年(1555年)にかけての検地をもとに作られた『小田原衆所領役帳』や、永禄2年(1559年)の記録に名前が見られることから、その頃にはすでに存在していたと考えられているそうです。

もともとは川崎大師平間寺の鎮守社として大切にされてきましたが、明治時代の神仏分離をきっかけに独立し、その後は平間寺38世・佐伯隆基のご親族が宮司を務められたとのこと。

こうして長い歴史の中で、形を変えながらも受け継がれてきた背景を知ると、より一層この場所の奥深さを感じられる気がしました…。

👉 始まりは「干拓の守護神」
昔、このあたりは「大師河原」と呼ばれる荒地でした。
この地に移り住み、開発(干拓事業)に尽力した八幡塚六郷神社の氏子たちが、事業の成功と人々の平穏を祈り、御祭神を分祀したのが始まりとされています。
いわば、川崎の街の基盤を作った人々を見守ってきた守り神なのです。

👉 聖帝と称えられた「仁徳天皇」
主祭神として祀られているのは、第16代天皇である仁徳天皇(にんとくてんのう)です。
仁徳天皇は、高台から民の家々を見渡し、炊飯の煙が上がっていないのを見て
「民が貧しいのは私自身の責任である」
として数年間の免税を行ったという「民のかまど」のエピソードで知られる慈愛に満ちた天皇です。
このことから、以下のようなご利益があるといわれています。
「生活の安定・商売繁盛」
「治水・開拓の守護」
「子供の成長・若者の守護」(「若宮」の名に由来)

👉 街の発展とともに歩む
明治時代には村社に列せられ、大師河原の総鎮守として地域住民に親しまれてきました。
現在も、参拝者が参加できる「のりまつり」や「ふいごまつり」、秋には「水鳥のまつり」など、古き良き伝統行事を守り続けており、川崎の文化を今に伝える貴重な場所となっています。

😥 授与所での、耳を疑うような出来事
13時まではお昼休憩かな?
と思いながら授与所を覗くと、窓が開いていました。
中には私服の女性が座り、スマートフォンを操作しているのが見えます。
「お昼休憩中かな?」
と確認するために近づこうとした、その時です。
目の前で、バタン!
と勢いよく窓が閉められました。
さらに、開いていた脇のドアまでも、力強く音を立てて閉められたのです。
その女性は一言も発することなく、そのまま奥へと去っていきました。
あまりに突然の、そして拒絶を感じる対応に、私はただ呆然と立ち尽くしてしまいました。

これまで数多くの神社仏閣を訪れてきましたが、これほどまでに気分が悪くなる体験をしたのは初めてです。
「ここには、神様はいないのかもしれない……」
という直感が、静かな境内に虚しく響きました。

唖然としたまま無人になった授与所を見ると、そこにはインターホンがあり、
「御用の方は押してください」
との案内がありました。
意を決して押してみると、今度は男性の方が出てこられました。
御朱印の対応時間を尋ねると、先ほどの騒動が嘘のように、すぐさま丁寧に対応してくださったのです。
この一件で、神社という場所であっても、そこで働く「人」によって受ける印象がこれほどまでに変わるのかと痛感させられました。

⛩️ 参拝後記
神聖な場所であるはずの神社での、予想だにしない体験。
歴史ある素晴らしい社殿を前にしても、心の曇りが完全には晴れないまま境内を後にすることになったのは、非常に残念でなりませんでした。
神社を訪れる理由は人それぞれですが、最後に残るのは「人との触れ合い」から生まれる心の充足感なのかもしれません。
2026.04.15 13:26 | comment(0)
【川崎大師】ゆるっと開運御朱印さんぽ!〜厄除け&絶品おまんじゅうに癒やされる休日〜
金剛山 金乗院 平間寺(こんごうさん きんじょういん へいけんじ)で御朱印をいただきました。
川崎大師
[金剛山 金乗院 平間寺(川崎大師)]
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師町4-48
駐車場:あり(無料・有料)
アクセス:京急大師線「川崎大師駅」下車徒歩約8分、首都高速 横羽線・川崎線 「大師出口」から約5分

「厄除け」や「初詣」といえば……そう!
泣く子も黙る(!?)超パワースポット、川崎大師に行ってきました〜!

「厄年じゃないし、お正月でもないし、今行くのは渋いかな?」
なーんて思ってる女子のみなさん!ノンノンですっ。

実は普段の川崎大師って、ほどよい活気があって、おいしい誘惑がいっぱいで、最高のリフレッシュスポットなんですよ。
今日は、そんなお大師さまでの「食べて、祈って、パワーチャージ!」な、私流の欲張りさんぽをレポートしちゃいます。

📝 参拝情報
・大本堂の開扉時間(参拝可能時間)
4月〜9月:5:30 〜 18:00
10月〜3月:6:00 〜 17:30
※毎月21日は5:30から、20日は21:00まで開いています。
・お護摩祈祷の開始時間
平日・土日祝: 6:00(冬期6:30)、9:00、10:30、11:30、13:00、14:30、15:30
※日曜日や毎月21日は回数が増える場合があります。

🖌️ 御朱印の種類と納経料
御朱印代は各300円です。
・大本堂
厄除遍照殿、関東八十八ヵ所霊場(特別霊場)、東海三十三観音霊場(第33番)など
・不動堂
大聖不動明王、武相不動尊霊場(第1番)、関東三十六不動霊場(第7番)
・薬師殿
薬師如来
・自動車交通安全祈祷殿
弘法大師
限定御朱印:夏の「風鈴市」期間中など、期間限定の切り絵御朱印や特別印が授与されることもあります。
御朱印帳:オリジナルデザインが数種類あり、価格は1,000円〜1,300円(御朱印代込み)程度です。
受付時間
大本堂:6:00 〜 17:30(開扉時間に準ずる)
不動堂・薬師殿・祈祷殿:9:00 〜 16:00

関東三十六不動霊場御朱印
「頂いた関東三十六不動霊場の御朱印」
こちらの御朱印は不動堂でいただけます。

川崎大師大山門
🏮「大山門」
現在の大山門は、もともとの江戸時代の門ではありません。
昭和20年(1945年)4月15日未明の川崎大空襲で、境内の多くの建物とともに焼失してしまいました。
その後、戦後復興の象徴として昭和52年(1977年)に再建されました。
「厄除けの寺が、自らも災厄から立ち直った」という意味で、参拝者にとって特別な門になっています。

川崎大師大山門の大提灯
🐉「魚がし」の大提灯と龍の彫刻
大山門に掲げられている巨大な提灯は、東京・築地の「魚がし講」から奉献されたものです。
提灯を見上げると、その底部分には見事な「龍の彫刻」が施されています。

川崎大師大本堂
「大本堂」
昭和39年(1964年)5月に落慶されたお堂で、堂内には御本尊の厄除弘法大師を中心に、不動明王や愛染明王など、さまざまな仏さまが大切にお祀りされています。

実際に足を運んでみると、とても落ち着いた雰囲気に包まれていて、自然と心が穏やかになるような感覚に…✨
こちらの大本堂では、毎日お護摩の修行が行われているそうで、世界平和や国家安穏、そして私たち一人ひとりの安全が丁寧に祈願されています。

日々の忙しさの中で、こうして静かに祈りの時間が続けられている場所があることに、なんだかほっとする気持ちになりました。

🌊 始まりは「海」から?武士と仏様の運命的な絆
川崎大師の歴史は、約900年前の平安時代までさかのぼります。
実はここ、平間兼乗(ひらま かねのり)という武士が開いたお寺なんです。

無実の罪で故郷を追われ、川崎の海で漁師として暮らしていた兼乗さん。
ある夜、夢枕に立った高僧の教えに従って海へ網を投げると、キラキラと輝く弘法大師(空海)の木像が引き上げられました。
「これは運命だ」
と悟った彼は、貧しい暮らしの中でもこの像を大切に祀り続けました。
その姿に感動した高野山の高僧・尊賢上人と共に建てたのが、この平間寺のはじまり。

「どん底の時期に、未来を信じて大切なものを守り抜く」
……そんな兼乗さんの真っ直ぐな心が、今の強力なパワースポットとしての基盤になっているのかもしれません。

☘️ あの「徳川家斉」も通いつめた!
江戸時代、川崎大師を一躍有名にしたのが、11代将軍・徳川家斉(いえなり)です。
実は彼、厄年の時にわざわざ江戸城からここまで参拝に訪れたのだそう。
将軍自らがお参りしたことで、
「厄除けといえば川崎大師」
というブームが江戸中の女性たちの間でも大爆発!
今で言う「推しの聖地巡礼」のような感覚で、当時の人たちもワクワクしながら参道を歩いていたと思うと、親近感が湧きますよね。

🔥「お護摩」が、想像以上のライブ感!
川崎大師に来たら、絶対外せないのが「お護摩(おごま)」祈祷。
お堂の中に入ると、お坊さんたちの読経の重低音が体に響いて、巨大な火柱がドォォォッ!と上がるんです。

「私のモヤモヤも、全部この火で焼き尽くして〜!」
って心の中で叫んできました(笑)。
終わった後は、心なしか視界がパッと明るくなった気がします。
まさに魂のデトックス!

川崎大師八角五重塔
「八角五重塔(中興塔)」
昭和59年(1984年)に建てられました。

🌸 八角五重塔と「美」の神様
境内を歩いていると、ひときわ目を引くのが「八角五重塔」。
八角形は「最も円に近い形」とされ、包容力や完全性を象徴しているのだとか。
快晴の日には朱色が青空に映えて、写真映えも抜群です。

そして、忘れずに寄ってほしいのが「しょうづかの婆さん」。
少し変わった名前ですが、実は「美容」や「歯」の神様として信仰されているんです!
「いつまでも綺麗でいたい」
と願う女性たちに密かな人気のスポット。
お参りすれば、女子力アップのご利益があるかも?

第五十五代横綱 北の湖敏満之像
「第五十五代横綱 北の湖敏満之像」
境内には、平間寺の檀家だった「北の湖敏満」さんの銅像が建てられています。
数々の最年少記録を塗り替えた「北の怪童」として知られ、その圧倒的な強さから「憎らしいほど強い」と言われるほどの力士だったそうですよ!

やすらぎ橋
「やすらぎ橋」
災難を遠ざけて、幸せを呼び込むといわれる朱色に美しく塗られていて、見ているだけでなんだか前向きな気持ちになれます。

さらに欄干には、悟りへと至る道のり――発心(ほっしん)・修行(しゅぎょう)・菩提(ぼだい)・涅槃(ねはん)――を表す種子(しゅじ)(梵字)が20文字も刻まれているそうです。

ひとつひとつに意味が込められていると思うと、とても神秘的で、ついじっくり眺めてしまいました。

降魔成道釈迦如来像
「降魔成道釈迦如来像」
胎内には、印度大菩提会を通じて勧請された、尊い真身仏舎利が大切にお祀りされているそうです。

実際にその存在を思うと、とても神聖で、静かに手を合わせたくなるような、特別な空気を感じました。

川崎大師大本坊
「大本坊」
大本坊は昭和9年(1934年)に完成したそうですが、その後、第二次大戦の戦火により、外郭だけを残すかたちとなってしまったそうです。

それでも改修や荘厳が施され、焼失してしまった大本堂が再建されるまでの間、仮本堂として多くのご信徒をあたたかく迎えてきたとのこと。

その歩みを知ると、静かに受け継がれてきた想いの深さに、じんわりと胸が熱くなりました。

川崎大師不動堂
「不動堂」
昭和39年(1964年)4月に落慶された不動堂の御本尊・不動明王尊像は、成田山新勝寺御本尊のご分躰を勧請しお祀りしているものなのだそうです。
凛とした空気に包まれた、とても力強い場所で、
「静かに手を合わせながら自分自身と向き合える」
そんな特別なひとときを過ごせました。

川崎大師不動門
「不動門」
第43世・隆超大僧正が、昭和23年(1948年)に、ご縁のあった地から譲り受けて移築・建立されたものだそうです。

もともとは、昭和20年の空襲で焼失してしまった山門の跡地に建てられていたとのことですが、昭和52年に現在の大山門が建立されたことをきっかけに、不動門としてこちらへ移されたそうです。

こうして場所を変えながらも大切に受け継がれてきた歴史に、しみじみとした想いを感じました。

川崎大師不動門のわらじ
「不動門のわらじ」
不動門に飾られている大きなわらじは、
「このお寺にはこんなにも大きなわらじを履く、力強い門番がいるんですよ」
という「魔除け」の意味が込められているそうです。

それを目にした悪鬼や魔物が恐れをなして、近づかないようにとの願いが込められていると聞いて、なんだかとても頼もしく感じました💪

さらに、仁王様のたくましい足にあやかって、足腰の病気平癒や「これからも自分の足で元気に歩けますように」と願う健脚祈願で訪れる方も多いのだとか。

実際に見上げると、その迫力に思わず見入ってしまって、自然とお願いごとをしたくなってしまいました💦

参道の食べ歩き
🍎 結局、食い気が勝る。おまんじゅうの誘惑に完敗
参拝の後は、お待ちかねのスイーツタイム!
川崎大師といえば「久寿餅」が有名だけど、私の目にとまったのはホカホカの「おまんじゅう」。
実は、カリッとした「揚げまんじゅう」とどっちにしようか、お店の前で3分くらい真剣に悩んじゃいました(笑)。
でも今日は、春を感じるようなぽかぽか陽気。
「揚げ」の気分転換もいいけど、この柔らかな日差しには、しっとりした「普通のおまんじゅう」が絶対に合う!と直感して決断しました。
蒸したてのせいろから出てきたおまんじゅうを一口。
ふわっふわの皮と、優しい甘さのあんこが口いっぱいに広がって、「あ〜、幸せ……」って思わず独り言。
暖かいお日様の下で食べるおまんじゅう、最高のご褒美でした!

🙏 参拝後記
「厄年だから行く」だけじゃもったいない!
美味しいものを食べて、迫力の祈祷に癒やされて、仲見世の活気に元気を分けてもらう。
週末の「ちょっとそこまで」なリフレッシュに、川崎大師は最高のチョイスでした。
皆さんも、最近モヤモヤしてるな〜と思ったら、ぜひ京急線に乗ってお出かけしてみてくださいね!
2026.04.14 05:04 | comment(0)
【三崎稲荷神社】地の果て『南極』へ向かう勇者たちが頼った、都会の小さな稲荷さま
三崎稲荷神社(みさきいなりじんじゃ)で御朱印をいただきました。

三崎稲荷神社(Instagram)」
所在地:東京都千代田区神田三崎町2-9-12
駐車場:なし
アクセス:JR総武線・中央線、都営三田線「水道橋駅」より徒歩約3分

水道橋駅のすぐそばに佇む「三崎稲荷神社」。
都会の喧騒の中にありながら、一歩足を踏み入れると背筋が伸びるような神聖な空気が漂っています。
今回は、この神社がなぜ「清めの稲荷」と呼ばれ、歴史の荒波をどう乗り越えてきたのか、その興味深いエピソードを紐解いてみましょう。

📝 参拝情報
境内への参拝は24時間可能です。
社務所受付時間:9:00 ~ 17:00
定休日:年中無休

🖌️ 御朱印の種類と初穂料
通常の御朱印に加えて、凝ったデザインの限定御朱印も人気です。
御朱印の種類
・通常御朱印
帳面に直接揮毫(直書き)していただけます。
・季節の限定御朱印
狐のお面をモチーフにした「切り絵御朱印」などが期間限定で頒布されることがあります(例:9月~11月の秋季限定など)。
初穂料
通常御朱印:500円程度
限定・切り絵御朱印:1,000円~1,500円程度(デザインにより異なります)
・オリジナル御朱印帳
神社の社殿や狐がデザインされたオリジナルの御朱印帳も用意されています。
受付時間:9:00~17:00
授与場所:境内入り口の鳥居をくぐって右手にある社務所にてご対応いただけます。


「直書きでいただいた御朱印」


「干支の大絵馬」
駆けるように、運気も上向きに。
そんな一年になりますように。


とっても素敵な「手水舎」
そっと手を清めて、心まで澄んでいくようなひととき。
静かな水音に癒されて、少しだけ優しい気持ちになれました。


「椿の生け花」
「清めの稲荷」として知られる三崎稲荷神社。
社務所の窓口に飾られた美しい生け花は、この神社の「おもてなしの心」を表しているかのよう。
小さな心遣いに、心の中に溜まっていたトゲトゲした気持ちまで、すーっと洗い流されていくみたい。
自分へのご褒美に、この彩りを写真に収めて持ち帰りたくなりました。


「社殿」
📜 ご由緒
三崎稲荷神社、実は、徳川将軍家や江戸の歴史と深く関わりのある、とっても格式高い神社なんです。
👉 始まりは平安時代!
創建は建久年間(1190〜99年)といわれ、古くは神田川の岸にある「三崎村」の鎮守(地域の守り神)として誕生しました。
かつてこの地が日比谷入江に突き出した「岬(みさき)」だったことが、名前の由来といわれています。

👉 三代将軍・徳川家光も認めた「清めの稲荷」
江戸時代、三代将軍・徳川家光公は、参勤交代で江戸に来る大名たちに

「三崎稲荷で心身を清めてから登城するように」

と勧めたそうです。
これ以来、諸大名は参拝を欠かさないようになり、いつしか「清めの稲荷」と呼ばれるようになりました。
現代でも「旅行安全」や「道中安全」の神様として信仰されているのは、この歴史があるからなんです。

👉 激動の歴史と4回の移転
江戸の町づくりとともに歩んできた神社でもあります。
・江戸城の外堀(神田川)の工事
・幕府の訓練施設「講武所」の設置
・明治時代の鉄道(現在のJR中央線)開通
など、時代の変化に合わせて計4回もの移転を経て、明治38年(1905年)に現在の場所に落ち着きました。

👉 お守りした「神応湯」の伝説
かつては「神応湯(しんおうとう)」という疱瘡(天然痘)に効くお薬を参拝者に授与しており、皮膚病の快癒にもご利益がある神社として江戸の人々に親しまれていました。

⛩️ 都会の空気を一変させる「朱塗りの社殿」
鳥居をくぐると、正面にどっしりと構えるのが朱塗りの美しい社殿です。
現在の建物は戦後に再建されたものですが、その鮮やかな色彩は周囲のビル群の中で際立ち、訪れる人の心を明るくしてくれます。

まずはここで、旅の安全や日々の無事を祈りましょう。
かつて参勤交代の大名たちが登城前に身を清めたという逸話に思いを馳せると、背筋がすっと伸びるような感覚になります。

🏮 歌舞伎の世界とも深い縁
江戸時代の文化とも関わりが深く、歌舞伎の有名な演目『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』に登場する悪役・仁木弾正(にっきだんじょう)のモデルとなった人物が、この神社の近くに住んでいたという説や、物語の舞台背景としての縁も語り継がれています。


「百度石(ひゃくどいし)」
🤔 そもそも「百度石」ってなに?
神社の入口や境内でよく見かけるこの石柱。
これは、同じ願いを何度も届ける「お百度参り」の起点となる大切な印なんです。
お百度参りとは、この百度石と拝殿の間を100回往復して祈願する習わしのこと。
三崎稲荷神社でも、古くから多くの人々がこの石を折り返し地点にして、切実な願いを神様に届けてきました。


「草鞋(わらじ)の像」
道中安全祈願の象徴として設置されています。

🌍 有名人たちの参拝エピソード
そんな歴史ある神社には、印象的なエピソードも残されています。
先ほど、ご由緒でも触れた「江戸時代の大名たち」が、参勤交代の登城前には参拝に訪れましたが、明治政府の最高首脳の一人・「大隈重信」(第8・17代内閣総理大臣)も、海外へ渡る際に参拝し、旅の無事を祈願したと伝えられています。

さらに、南極探検の際には、隊員たちのベストにこの神社のお守りを縫い付けて出発したというお話もあるそうです。

江戸時代の大名から近代の偉人、そして探検隊まで――
さまざまな人々の「旅の安全」を見守ってきた三崎稲荷神社。

今もなお、

「新しい一歩を踏み出す人をそっと支えてくれる」

そんなあたたかい場所に感じられました。

⛩️ 参拝後記
水道橋という交通の要所に鎮座し、江戸の武士たちが旅の無事を祈り、身を清めた歴史が今も息づく三崎稲荷神社。
現代の私たちにとっても、出張や旅行の前にふらりと立ち寄り、気持ちをリセットするのにぴったりの場所です。
次回の参拝では、線路のすぐ脇で歴史を見守り続けてきた社殿の佇まいに、ぜひ注目してみてくださいね。
2026.04.03 16:02 | comment(0)
+-Profile-+
プロフ

御朱印集め初心者夫婦が自由気ままに御朱印巡りをしています。

insta
+-記事検索-+
+-お知らせ-+
リニューアル完了しました。
+-最近のコメント-+
<< 2026年04月
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
RSSフィード