中島惣社(なかじまそうしゃ)で御朱印をいただきました。

所在地:大阪府大阪市東淀川区東中島4丁目9-41
駐車場:あり(無料)
アクセス:JR「新大阪駅」東口から徒歩約5分、阪急京都線「崇禅寺駅」から徒歩約5分
新幹線で大阪に降り立ち、慌ただしく仕事や観光へ向かう皆さん。
ちょっと待ってください。
新大阪駅東口から徒歩5分、コンクリートジャングルの中に「神様のデパート」みたいな神社があるのをご存知ですか?
それが今回ご紹介する「中島惣社」です。
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参拝情報公式な開門・閉門時間の明記はありませんが、一般的な神社として早朝から夕方(17時頃)まで参拝可能です。
無人の場合が多く、御朱印の授与等は事前に確認が必要です。
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御朱印の種類と初穂料初穂料(料金)初穂料なし(無料)で授与していただけるケースが多いようですが、管理人は300円と言われ気持ち良く納めさせていただきました。
受付場所は、境内にある社務所にてご対応いただけます。
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都会の真ん中で「静寂」をチャージ新大阪駅周辺って、常に「ゴーッ」という新幹線の音やアナウンスが響いていますよね。
でも、一歩境内に足を踏み入れると、不思議と空気が変わります。
出張前の必勝祈願や、旅の終わりの安全報告に、これほど最適な場所はありません。

境内に建つ「御由緒」案内板
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伝説は1300年前!「難波長柄豊崎宮」時代の由緒見た目は落ち着いた街の神社ですが、歴史はガチ。
西暦651年、孝徳天皇が難波に都を移した際、守護神として祀られたのが始まりという超エリート。
そんな「中島惣社の歴史」を少しご紹介します。
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実は“稲荷神社”だった?知られざるはじまりの歴史今の姿からは少し意外ですが、この神社には
「もともとは違う名前だった」
という興味深い歴史があります。
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昔は「稲荷神社」と呼ばれていた江戸時代の地誌『摂津名所図会』には、こんな記述が残されています。
この場所はもともと
👉 「稲荷祠(いなりのほこら)」=稲荷神社と呼ばれていたそうです。
さらに、周辺の六つの村の“産土神(うぶすながみ)”として、地域の人々にとってとても身近で大切な存在でした。
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創建はなんと飛鳥時代までさかのぼるはじまりは、かなり古く――
孝徳天皇の時代、白雉2年(651年)。
都が難波長柄豊崎宮に移された際に創建され、
👉 五穀豊穣を願う神社として生まれた
と伝えられています。
その際には神領(神社の土地)も与えられ、当時から重要な存在だったことがうかがえます。
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豊臣秀頼とのつながりと戦乱の悲劇時代が下り、戦国〜江戸初期。
この神社は、あの豊臣秀吉の子・豊臣秀頼 からも厚く信仰されていました。
「中嶋総社」と記された貴重な品も寄進されています。
しかしその後――
1614年の「大坂冬の陣」の戦火によって、社殿は焼失。
わずかに
・絵図
・建武2年(1335年)の木額
だけが残るという、つらい歴史も経験しています。
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明治時代に現在の名前へ明治に入ると、神社の位置づけも変わっていきます。
・1872年:郷社に列格
・1896年:社名を現在のものに変更
・1907年:神饌幣帛料供進社に指定
こうして、今の姿へと整えられていきました。
稲荷神社として始まり、長い歴史と戦乱を乗り越えてきた神社。
その背景を知ると、今ある姿がより特別に感じられます。

朱色が鮮やかな「社殿」
中島惣社は、昭和20年(1945年)6月7日の「第3回大阪大空襲」によって全焼してしまったため、現在の美しい社殿は、昭和62年(1987年)に再建されたものだそうです。
ご利益:五穀豊穣、商売繁盛、学業、旅行安全など
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圧巻の「合祀パワー」!神様の数、数えきれません。
ここの最大の特徴は、祀られている神様の多さ。
明治時代に周辺の神社をこれでもかと合祀した結果、主祭神の
「お稲荷さん(宇賀御魂神)」
だけでなく、学問の神様・菅原道真公から天照大御神まで、日本神界のオールスターが勢揃いしています。
「とりあえずここに来れば、どのご利益もカバーできるのでは?」
と思ってしまうほどの安心感。まさに神様の総合商社です。
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御朱印が「無料」という噂の真相は!?ネットの口コミで
「初穂料を受け取っていただけなかった(お気持ちで、と言われた)」
というエピソードが有名なこの神社。
かくいう管理人は「300円です」といわれ、もちろん気持ちよく納めさせていただきました。
御朱印帳にお書入れいただいて、初穂料が「300円」なんて、なんと良心的!
そんな「商売っ気のなさ」も、逆に地元の人に愛される理由かもしれません。

直書きでいただいた御朱印
「新大阪=乗り換えるだけの場所」だと思っている人ほど、ぜひ行ってみてほしい。
都会の隙間に広がる緑の空間で、神様たちのオールスターに癒やされてみませんか?