三縁山広度院(さんえんざんこうどいん)増上寺で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.05.17

大本山増上寺(三縁山広度院増上寺)
所在地:港区芝公園4-7-35
駐車場:🅿️なし
アクセス:都営地下鉄三田線「御成門駅」「芝公園駅」から徒歩3分、都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門駅」から徒歩5分(A6出口が便利)、JR線・モノレール「浜松町駅」から徒歩10分
東京・港区のシンボル、東京タワーのすぐ足元に鎮座する「三縁山 増上寺」。
徳川将軍家の菩提寺として名高く、都会の真ん中にありながら圧倒的なスケール感を誇るパワースポットです。
今回は、増上寺でいただける御朱印の種類や、見逃せない境内の見どころをレポートします!
■歴史
9世紀、真言宗の開祖・弘法大師空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚に建立した光明寺が増上寺の前身だと伝わります。
明徳4年(1393年)浄土宗第八祖酉誉聖聡の時、真言宗から浄土宗に改宗し、寺号も増上寺と改めました。
享徳の乱の時には、康正元年(1455年)に長尾景仲を追討する鎌倉公方足利成氏が増上寺に陣を構え、文明3年(1481年)には戦火で焼失してしまったそうです。
慶長3年(1598年)貝塚から、一時日比谷へ移っていた増上寺は、徳川家康による江戸城の拡張計画に伴い、現在地の芝へ移されました。
これは風水学的に、寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものと考えられています。

「大門」
■徳川家との関わり
天正18年(1590年)徳川家康が江戸に入城した際、時の住職・源誉存応に深く帰依したことから徳川家の菩提寺となりました。
境内には、2代秀忠、6代家宣、7代家継、9代家重、12代家慶、14代家茂の6人の将軍をはじめ、静寛院(和宮)など一族の墓所があります。
徳川将軍家の菩提寺となってからは関東十八檀林(徳川幕府から公認された浄土宗の僧侶養成機関“学問所”である18の寺院)の筆頭となるなど、大いに隆盛しました。

第3代将軍徳川家光が寄進した三解脱門(さんげだつもん)
元和8年(1622年)建立、江戸初期の面影を残す唯一の建造物で、国の重要文化財に指定されており、東日本最大級の二重門です。

主に禅宗寺院の「空・無相・無作」という三つの解脱の境地を表す「三解脱門」
間近で見ると迫力が半端ないです!

「鐘楼堂」
寛永10年(1633)年の建立ですが、現在の鐘楼堂ほ戦後に再建されたものだそうす。
梵鐘は延宝元年(1673年)に七度の鋳造を経て完成したもので、江戸三大名鐘の一つに数えられている東日本最大級の大梵鐘です。

大殿と東京タワーのコラボ
本堂(大殿)の真後ろに東京タワーがそびえ立つ景色は圧巻!
伝統と現代が融合した、増上寺ならではのフォトスポットです。

「大殿」
昭和49年(1974年)に再建された本堂は、首都圏では最大級の御堂です。
一階に檀信徒控室、二階に本堂、三階に道場、地下には増上寺宝物展示室があります。

「安国殿」
戦災で焼失した大殿の代わりに仮本堂として使用されていましたが、大殿完成の折りに境内北側に移転し、御堂「安国殿」としました。
徳川家康が戦に携えていた勝運の仏様「黒本尊」が安置されています。
■増上寺でいただける御朱印
増上寺の御朱印は、本堂右手の「安国殿」でいただけます。
「本尊 阿弥陀如来」
もっともスタンダードな御朱印です。
流麗な墨書きが美しく、まずは拝受したい一枚。
「黒本尊」
徳川家康公が深く信仰し、数々の危難を逃れ勝利を導いたとされる秘仏。
「勝運」の御朱印として非常に人気があります。
「西向聖観世音」
子育て・安産のご利益で知られる観音様の御朱印です。
期間限定・切り絵御朱印
最近では、季節のデザインをあしらった繊細な「切り絵御朱印」や、葵の紋が輝く限定朱印も登場しています。

直書きで拝受した御朱印
徳川家康所縁の秘仏「黒本尊」を頂きました。

こちらは書置きで頂いた「安国殿」の御朱印
増上寺は、歴史好きの方はもちろん「ここぞという勝負時にパワーが欲しい!」という方にもぴったりの場所。
東京観光のルートにも組み込みやすいので、ぜひお気に入りの御朱印帳を持って足を運んでみてくださいね。