人見山昌福寺(ひとみざん しょうふくじ)で御朱印を拝受しました。
2022.05.18参拝

昌福寺山門、両脇には木造の仁王像が建立されています。
「人見山昌福寺」
所在地:埼玉県深谷市人見1391-1
駐車場:あり(無料)
アクセス:JR高崎線「深谷駅」から車で約10分
埼玉県深谷市。
ネギのイメージが強いこの街に、実は「深谷の殿様」が愛した隠れ名所があるのをご存知ですか?
今回は、仙元山(せんげんやま)のふもとに佇む曹洞宗の古刹、人見山 昌福寺をご紹介します。
👉深谷城主「上杉氏」が眠る場所
このお寺、実はただのお寺ではありません。
かつてこの地を治めた戦国大名・深谷上杉氏の菩提寺なんです。
境内には初代城主・上杉房憲公や、上杉憲盛公のお墓がひっそりと並んでいます。
上杉謙信公の「山内上杉家」とはまた違う、深谷に根を張った武士たちの歴史を感じる、まさに深谷の聖地。
深谷城跡を巡ったあとにここを訪れると、当時の空気感がぐっと身近に感じられますよ。

「深谷城址公園」
🏯 昌福寺に眠る殿様の城「深谷城」ってどんなお城?
昌福寺を語る上で欠かせないのが、かつてこの地を治めた深谷城(ふかやじょう)の歴史です。
お寺を訪れる前に、その数奇な運命をサクッとおさらいしておきましょう。
① 深谷上杉氏のプライド「鉄壁の平城」
深谷城は、室町時代の1456年頃、上杉房憲によって築かれました。
昌福寺に眠るあの殿様ですね!
当時は周囲に深い沼地が広がる「天然の要塞」で、唐沢川の水を引き込んだ水堀に囲まれた非常に守りの固いお城でした。
② 戦国の荒波を生き抜いた「知略」
戦国時代、関東は北条氏・武田氏・上杉謙信といった強豪たちが激突する激戦区に。
深谷上杉氏は、時に謙信と結び、時に北条に属し、巧みな外交でこの地を守り抜きました。
しかし、1590年の豊臣秀吉による「小田原征伐」の際、ついに開城。
深谷上杉氏としての城主の歴史に幕を閉じます。
③ 徳川家康の息子も城主に!
その後は徳川家康の領地となり、なんと家康の息子(松平忠輝など)が城主を務めたこともありました。
江戸時代初期に廃城となりましたが、現在は「深谷城址公園」として整備され、地域の人々の憩いの場となっています。
昌福寺には、この激動の時代を駆け抜けた初代・房憲公や、最後の城主・憲盛公が今も静かに眠っています。
お城跡を歩いた後に昌福寺へ向かうと、まるで戦国時代の物語がつながるような感覚になりますよ!

「仁王像吽形」

「仁王像阿形」

「本堂」
関東管領上杉家の諸家であった上杉房憲は、敵対する古河公方足利成氏勢の備えとして深谷城を築城した際に、父祖の菩提を弔うために昌福寺を創建されたそうです。
👉室町の美学!市指定の名勝「昌福寺庭園」
昌福寺の最大のハイライトは、本堂の裏手に広がる名勝・昌福寺庭園です。
室町時代に作られたと伝えられるこの庭園は、決して派手ではありません。
しかし、自然の地形を活かした素朴で力強い石組みや、四季折々の表情はまさに「わびさび」の世界。
特に紅葉のシーズンや、新緑の季節は、時間を忘れて眺めていたくなるような静寂に包まれます。
管理人は素敵な庭園だったのに写真撮るの忘れてしまいました( ノД`)

本堂の左奥に構えられた上杉房憲公と深谷上杉氏累代の墓所。
昌福寺の開祖・上杉房憲公の当主時代の戦果や最期など、詳細はわかっていないそうです。

拝受した御朱印
御朱印は本堂右側の庫裡「昌芳閣」で拝受させて頂く事が出来ます。
管理人が伺ったときはインターフォンを押してお願いすると快く応じてくださいました。
突然お伺いしたにもかかわらず丁寧に対応して下さり、メモ帳まで頂く事が出来て感激しました。
お近くの方はぜひ、深谷城と昌福寺の開祖・上杉房憲公の墓所にお手を合わせにいらっしゃってみて下さい。