「三峯神社」で御朱印を頂きました。
2022.04.19参拝

「三峯神社」
所在地:埼玉県秩父市三峰298-1
駐車場:あり(有料)
アクセス:西武秩父線「西武秩父駅」(秩父鉄道「三峰口駅」からも乗車可能)から西武バス 急行 三峯神社線「三峯神社」下車、関越自動車道「花園IC」から国道140号線を経由して約1時間30分
埼玉県秩父市の山奥に鎮座する「三峯神社」へ行ってきました。
ここは日本武尊(ヤマトタケル)が創祀したと伝わる、関東屈指のパワースポット。
一歩足を踏み入れると、下界とは明らかに違うピリッとした空気感に包まれます。

狼(お犬様)が守る異世界の入り口
三峯神社の特徴は、狛犬ではなく「狼(山犬)」が神の使い(眷属)として鎮座していること。
鋭い眼光でこちらを射抜くような姿は、邪気を一気に払い飛ばしてくれそうな力強さがあります。

三ツ鳥居を進んだ参道脇には高い木がそびえ立っていて、とても厳かな気持ちになります。

隋身門、こちらが本来の正参道だったそうです。
朱塗りの山門は重厚感があってカッコいいですね。

寛政12年(1800年)に建立された拝殿。
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三峯神社の歴史~神話から戦国、そして現代へ続く霊峰の信仰秩父の奥深く、霊峰・三峯山に鎮座する三峯神社。
その歴史は非常に古く、神話の時代にまで遡ると伝えられています。
■ 創建と神話の時代
三峯神社の創建は、第12代天皇である景行天皇の時代にまで遡ります。
東国平定のために遣わされた日本武尊が三峯山に登り、
伊弉諾尊・伊弉册尊を祀る仮宮を建立したことが始まりとされています。
その後、景行天皇が東国巡幸の際にこの地を訪れ、
「三峯宮」という社号を授けたと伝えられています。
■ 修験道の聖地として
飛鳥時代には、呪術者として知られる役小角が修行した場とされ、
さらに平安時代には空海が観音像を安置したとも伝わります。
こうした背景から、三峯山は古くから山岳信仰と修験道の霊場として発展していきました。
■ 武士の信仰と隆盛
養和元年(1182年)、秩父の領主であった畠山重忠が、願文を納めた際に霊験を授かります。
これを契機に、重忠は広大な土地を寄進し、三峯山を「守護不入」の地としました。
その結果、関東武士の篤い崇敬を集め、三峯信仰は大きく発展。
この時期に、三峯神社は大きな栄華を迎えたといわれています。
■ 南北朝の動乱と衰退
しかし、正平7年(1352年)新田義興らが三峯山へ逃れたことがきっかけとなり、
足利氏によって社領は没収されてしまいます。
これにより、三峯神社は一時的に衰退の時期を迎えることとなりました。
■ 戦国期の再興と修験の中心地へ
天文2年(1533年)、修験者・月観道満が堂舎を再興。
さらに京都の聖護院より大権現を勧請したことで、
三峯山は聖護院派天台修験の関東総本山として再び隆盛を極めます。
この時期、三峯神社は単なる信仰の場を超え、
関東における修験道ネットワークの中核として機能していました。
■ 近代以降の変化
明治時代に入ると、政府による神仏分離政策の影響を受け、寺院は廃され「三峯神社」と改称されます。
そして大正末期、秩父宮が参拝したことをきっかけに、
信仰は再び全国へと広がっていきました。
三峯神社は、
・神話に始まる創建伝承
・修験道の霊場としての発展
・武士の信仰による隆盛
・戦乱による衰退と再興
といった歴史の流れを経て、現在へと受け継がれています。
秩父の山中にありながら、その歴史は日本全体の動きと深く結びついており、
まさに“霊峰に刻まれた歴史”といえるでしょう。
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見逃せない!石畳に現れた「赤い目の龍神」2012年の辰年に突如現れたという、拝殿前の「龍神様」。
水をかけると、石畳に赤い目をした龍の姿がくっきりと浮かび上がります。
見つけると縁起が良いと言われているので、参拝の際はぜひ足元をチェックしてみてください。
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樹齢800年の御神木から「氣」をもらう拝殿の両脇にそびえ立つ巨大な杉の木。
深呼吸をしながらそっと手を合わせると、木々の生命力が体に流れ込んでくるような不思議な感覚に。
ここで授与される「氣守(きまもり)」は、勇気と元気をくれるお守りとして有名です。
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奥宮への挑戦!体力に自信がある方は、片道1時間の登山で「奥宮」へ。
絶景とともに、より深いパワーを感じられます。

書置きで拝受した御朱印。
御朱印は拝殿左側の授与所で頂けます。

「クマが出たよ~!」
おみやげ屋さんのはく製のクマさん、
愛らしい顔してるけど、山道で現れたらやっぱ怖い・・・
三峯神社は、単なる観光地ではなく、自分自身を見つめ直し、明日へのエネルギーをチャージできる場所でした。
最近パワー不足を感じている方は、ぜひこの「天空の聖域」を訪れてみてください。