【高椅神社】料理の神様が宿る「高椅神社」へ。包丁を供養し、美食の運気を上げる旅
高椅神社(たかはしじんじゃ)で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.05.12

「高椅神社」
所在地:栃木県小山市高椅702
駐車場:あり(無料)
アクセス:小山駅東口から「おーバス」高椅神社前下車徒歩約2分、北関東自動車道「真岡IC」より約20分

「料理がもっと上手くなりたい」「飲食店の商売繁盛を願いたい」
そんな願いを持つなら、小山市にある高椅神社は外せません。
ここは全国でも珍しい「料理の神様」を祀る神社なんです。


栃木県指定文化財になっている楼門は結城藩主・水野氏の寄進だそうです。
宝暦4年(1754年)より明和7年(1770年)までの16年もの歳月を費やして完成しました。

■日本でここだけ?「鯉を食べない」不思議な伝説
境内に入るとまず驚くのが、「日本一社禁鯉宮(きんりぐう)」という別名。
平安時代、境内の井戸から現れた大きな鯉を「神の使い」として大切にしたことから、この地域の氏子さんたちは今でも「鯉を食べない」「こいのぼりを立てない」という掟を守り続けているそうです。

■圧巻の「庖丁式」は必見
この神社の目玉といえば、代々伝わる「庖丁式」。
平安時代の装束に身を包んだ包丁師が、食材に指一本触れず、包丁と箸だけで魚をさばく儀式です。
その無駄のない動きは、まさに職人技の極致。料理を「文化」として大切にする精神が息づいています。

■道具への感謝が詰まった「包丁塚」
境内には、使い古された包丁が奉納される「包丁塚」があります。
毎日美味しいものを作ってくれる道具に感謝し、供養する。
そんな優しい空気が流れているのも、この神社が愛される理由かもしれません。


拝殿

高椅神社は料理の祖神「磐鹿六雁命」を主祭神とする最も古い神社です。
岐阜県に4つの分社があり調理関係者から信仰されているそうです。

社伝によると、景行天皇41年(西暦111年)、日本武尊が東征の際に当地で国常立尊・天鏡尊・天萬尊を勧請し、戦勝を祈願したのが起源である。
景行天皇が、日本武尊の東征の戦跡を巡視された際、膳臣であった磐鹿六雁命は老齢のため帝の許しを得てこの地に留まった。
天武天皇12年(西暦684年)、当地を支配した磐鹿六雁命の末裔高橋氏が高橋朝臣の姓を授けられ、その年、当社に祖神・磐鹿六雁命を合祀して高椅神社と称した。


宮司様ご不在で書置きでご対応下さいました。
御朱印は宮司様宅で頂けます。

プロの料理人から「自炊をもっと楽しみたい」という方まで、訪れるだけで背筋が伸びるような、でもどこか温かい神社です。
次の休日は、美味しいものを食べる前に、その「根源」にある神様に会いに行ってみませんか?
2023.05.16 17:39 | comment(0)
【長沼八幡宮】源頼朝も馬を止めた?真岡の古社に刻まれた1200年の記憶
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で清水伸さん演じる長沼宗政ゆかりの神社「長沼八幡宮」で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.05.12

「銅製の二の鳥居」

「長沼八幡宮」
所在地:栃木県真岡市長沼1083
駐車場:あり(無料)
アクセス:「真岡IC」より約20分、国道4号線(バイパス)「下坪山北交差点」から東へ約10分、国道294号線「二宮駅前交差点」から西へ約5分

栃木県真岡市、のどかな田園風景の中に、圧倒的な風格を漂わせる神社があります。
それが「長沼八幡宮」です。
ここは単なる地元の氏神様ではなく、かつて日本の歴史を動かした武将たちの足跡が色濃く残る場所でした。

■長沼八幡宮の歴史
長沼八幡宮は、延暦14年(795年)坂上田村麻呂が功を成した桓武朝第二次蝦夷征討の帰還の途上、当地に社を造営し、誉田別尊をお祀りして創建されました。

康平6年(1063年)に、河内源氏2代目棟梁・源頼義が石清水八幡宮から御分霊を勧請し、永保2年(1082年)には、源義家によって社殿が造営されたそうです。

寿永2年(1183年)、野木宮合戦で志田義広を討ち取る功を挙げた下野国の有力豪族・小山政光の次男・宗政は、源頼朝から所領として下野国長沼荘を与えられ、長沼氏を称するようになると、長沼八幡宮を再興しました。
以降、長沼氏の氏神として厚く庇護されていましたが、長沼氏の衰退とともに、長沼八幡宮も衰微してしまったそうです。

慶長9年(1604年)、関東地方の領主であった徳川氏より社領10石が与えられ、ようやく安定することができたそうです。


「朱塗りの随神門」

■始まりは「征夷大将軍」の祈りから
この神社の歴史は、平安時代初期の延暦14年(795年)まで遡ります。
創建したのは、あの有名な征夷大将軍・坂上田村麻呂。
東夷征伐の帰路、この地で戦勝報告と平和祈願のために八幡神を勧請したのが始まりと伝えられています。
1200年以上前から、ここは「武の神」が宿る聖域だったのです。


「随神門の扁額」

■源頼朝の「夢」と、長沼氏の隆盛
時代は下り鎌倉時代。
幕府を開いた源頼朝もこの地を訪れています。
建久6年(1195年)那須野での狩りの帰りに長沼に宿泊した頼朝は、神託を受けて加茂社と春日社を合祀。
さらに神領を寄進し、社殿を再興しました。
これを機に、地元を拠点とした鎌倉御家人・長沼氏(小山氏の一族)の氏神として、神社は黄金時代を迎えます。
長沼氏はここを心の拠り所とし、武運長久を祈り続けました。


「彩色された彫刻」

■江戸の職人技が光る「青銅鳥居」と「随身門」
境内を見渡すと、江戸時代の息吹も感じられます。
まず目を引くのが、元禄10年(1697年)に建立された青銅製の鳥居。
300年以上経った今も鈍い光を放ち、その重厚感に圧倒されます。
さらに奥へ進むと、天明7年(1787年)建立の随身門が。
細かな彫刻が施されたこの門は、激動の江戸中期を今に伝える貴重な文化財です。


「拝殿」

■今も響く、江戸から続く「神楽」の音
長沼八幡宮を語る上で欠かせないのが、市指定無形民俗文化財の「永代太々神楽(えいたいだいだいかぐら)」です。
江戸末期の嘉永2年(1849年)から絶えることなく奉納されており、24の演目があると言われています。
面をつけ、古式ゆかしい衣装で舞うその姿は、一瞬にして参拝者を江戸時代へとタイムスリップさせてくれます。


境内社「千勝大明神」


境内社「二荒山神社」


「千勝大明神」の直書き御朱印


「長沼八幡宮」と「二荒山神社」の直書き御朱印

■御朱印の種類が豊富

通常御朱印(初穂料各500円)
・長沼八幡宮
・千勝大明神
・二荒山神社

季節の御朱印(初穂料各500円)
・長沼八幡宮
・二荒山神社
・千勝大明神

一日参り御朱印(初穂料500円)
※毎月一日限定

一粒万倍日御朱印(初穂料500円)
※一粒万倍日限定

辰巳詣御朱印(初穂料500円)
※辰の日、巳の日限定

特別御朱印(初穂料1000円)
・神門の龍
・火炎の龍
・御成敗式目
・天空の龍(境内社二荒山神社)

切り絵御朱印(初穂料1,200円)

御朱印帳もかわいいデザインのものがありました。

坂上田村麻呂が礎を築き、源頼朝が整え、長沼氏が守り抜いた社。
長沼八幡宮は、派手な観光地ではありません。
しかし、境内の木々に触れ、古い石畳を歩くと、かつてここで兜を脱ぎ、静かに手を合わせた武士たちの体温が伝わってくるような気がします。
歴史のうねりを感じたい日は、ぜひ真岡のこの静かな森を訪れてみてください。
2023.05.15 17:10 | comment(0)
【高田山専修寺】親鸞聖人が建てた唯一の寺|本寺専修寺で時を忘れる旅へ
高田山本寺専修寺(たかださん ほんじ せんじゅじ)で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.05.12

本寺専修寺は浄土真宗の宗祖・親鸞聖人が建立した唯一の寺といわれており、昭和42年(1967年)には境内が国の史跡に指定された由緒ある古刹です。

「高田山本寺専修寺」
所在地:栃木県真岡市高田1482
駐車場:あり(無料)
アクセス:北関東自動車道「真岡IC」より約15〜20分

栃木県真岡市の静かな集落に、ひっそりと、しかし圧倒的な存在感を放つ場所があります。
それが「高田山 専修寺」。
ここは、浄土真宗の開祖・親鸞聖人が、その生涯で自ら建立した「唯一の寺院」と言われている、まさに聖地です。

■本寺専修寺の歴史
嘉禄元年(1225年)浄土真宗の開祖・親鸞が、真岡城主・大内国行の懇願により建てられた寺院と伝わります。
信濃国善光寺の本尊である秘仏を模した「善光寺式阿弥陀三尊」を善光寺よりお迎えし本尊としたそうです。
戦国時代には下野国の有力領主・宇都宮正綱の庇護を受け、その子・宇都宮成綱や塩谷孝綱兄弟も手厚く保護したと記録があります。
本寺専修寺は大永6年(1526年)兵火によって炎上、以降は荒廃していましたが、江戸時代に再建され現在に至ります。


「涅槃堂」
平成12年(2000年)に建立されました。
涅槃像(県指定重要文化財)が安置されています。

■親鸞聖人の流れをくむ聖地
この地は、親鸞の教えを受け継ぐ「高田門徒」の中心地。
つまり、浄土真宗の広がりを語る上で欠かせない拠点です。

華やかな大寺院とは違い、信仰の“原点”に近い空気が残っているのが特徴。
派手さではなく、積み重ねてきた歴史の重みが感じられます。
ここが「本寺」と呼ばれるのは、真宗高田派のすべての源流がこの地にあるからです。


「木造金箔塗大涅槃像(ねはんぞう)」
元禄15年(1702年)江戸湯島久兵衛によって木造金箔塗りで造られた3mの涅槃像は日本一ともいわれ、その穏やかな表情には思わず手を合わせたくなります。
昭和39年(1964年)に栃木県の重要文化財に指定されました。


「鼓楼」
弘化3年(1846年)に再建されたそうで、太鼓は名古屋来迎寺の門徒が天保13年(1842年)に寄進したものだそうです。


茅葺の「御成門」

■専修寺の「二つの顔」
歴史ファンなら知っておきたいのが、三重県津市にある「本山専修寺」との関係。
戦国時代の戦火を避けるため、歴代上人が三重の一身田へと拠点を移したことで、あちらが「本山」、ここ真岡が「本寺」となりました。
華やかな「本山」に対し、こちらの「本寺」は、親鸞聖人が実際に歩き、教えを説いた“土の匂い”がするような、素朴で力強い歴史が息づいています。


「鐘楼堂」
嘉永2年(1849年)に再建され、見事な彫刻が施されています。
工匠は、伊勢四日市願誓寺住職・武内義道師だそうです。
梵鐘は三百年以上前に江戸の藤原重正によって造られたものを江戸の門徒が寄進したものだそうです。


「如来堂」
元禄14年(1701年)に再建された如来堂には「本尊・一光三尊仏」が秘仏として安置されています。


「御影堂」
寛保3年(1743年)に再建された御影堂は、栃木県内の堂宇としては輪王寺三仏堂に次ぐ大きさなんだそうです。

樹齢を重ねた木々に囲まれた境内を歩くと、800年前の親鸞聖人の息遣いが聞こえてくるような、不思議な安心感に包まれます。
歴史好きの方はもちろん、心をリセットしたいとき。ぜひ、栃木の「本寺専修寺」を訪ねてみてください。

■歴史好きにこそ刺さる場所
本寺専修寺は、「有名観光地ではないけど、確実に“格”がある場所」です。

戦国・宗教勢力・門徒文化――
そういったテーマが好きなら、かなり刺さるはず。

静かな場所で、歴史を“想像する時間”、そんな贅沢な体験ができる一寺でした。


「開宗八百年記念限定御朱印」を拝受しました。
書き手の方がご不在のため、書置きでのご対応でした。
2023.05.14 16:26 | comment(0)
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