【福徳神社(芽吹稲荷)】ビル風に吹かれる小さな森で|新事業の成功を願う「芽吹き」の参拝記
福徳神社で御朱印を頂きました。
参拝日:2022.07.11

「福徳神社(芽吹稲荷)」
所在地:東京都中央区日本橋室町2-4-14
駐車場:なし
アクセス:東京メトロ銀座線・半蔵門線三越前駅(A6出口)より徒歩1分、JR総武快速線 新日本橋駅より徒歩1分

日本橋のビル群に囲まれた福徳神社(芽吹稲荷)。
そのモダンな佇まいとは裏腹に、1,000年を超える壮大な歴史がこの地には息づいています。


「手水舎」
■歴史
貞観年間(859年~876年)には既に鎮座していたと伝わります。
日本橋室町二丁目付近は、昔は武蔵国豊島郡福徳村(あるいは野口村福徳)と呼ばれており、その地名から「福徳稲荷」と呼ばれていたそうです。
明治7年(1847年)8月9日、「村社」に列され、社号も「福徳稲荷」から現在の「福徳神社」に変更されました。

■名だたる武将の崇敬
・源義家(八幡太郎の通称で知られ、鎌倉幕府を開いた源頼朝や室町幕府を開いた足利尊氏の祖先)
奥州下向の際に参拝したと伝えられています。

・太田道灌
江戸城を築いた道灌とも縁が深く、彼の神霊は福徳神社に合祀されています。

・徳川家康
天正18年の江戸入部直後に参詣した。

この神社が、古くから武家にとって重要な社であったことがわかります。

■「芽吹」の名を与えた徳川秀忠
神社の代名詞である「芽吹稲荷」の名は、江戸幕府2代将軍・徳川秀忠によって名付けられました。
1614年(慶長19年)の正月、参拝に訪れた秀忠は、クヌギの鳥居から鮮やかな「若芽」が吹き出しているのを目にします。
その生命力に感動した秀忠が「芽吹稲荷」の別名を授け、幕府の保護下で隆盛を極めました。

■「宝くじ(富籤)」との深い縁
江戸時代、福徳神社は幕府から「富籤(とみくじ)」の興行を許された数少ない神社の一つでした。
これが、現代における「宝くじ当選」「チケット当選」のパワースポットとしてのルーツです。
当時の人々も、夢を託してこの社に手を合わせていたのです。

■消失の危機と奇跡の再興
明治以降、そして戦後の都市開発の中で、神社は何度も存続の危機に立たされました。
一時はビルの屋上に遷座したり、小さな祠のみになったりした時期もありましたが、地元日本橋の人々の熱意によって守り抜かれました。
そして2014年、日本橋再生計画によって現在の地に「福徳の森」とともに美しく再興。1,000年前の伝統と、最新の都市文化が融合した現在の姿へと生まれ変わりました。


「拝殿」
広瀬すずさん出演のCMでもおなじみの「福徳神社」、ビル群の中に鮮やかな朱色の鳥居が映える、人気のフォトスポットです。


拝受した御朱印

福徳神社の歴史は、日本橋の街が変化しても、変わらずそこにあり続ける「再生と成長」の象徴そのものと言えます。
ぜひ、このパワーを感じに現地へ訪れてみてください。
2022.08.09 15:53 | comment(0)
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