【大稲荷神社】小田原散策で見つけた、七角形の絵馬と金色の御朱印|大稲荷神社の不思議な魅力
大稲荷神社(だいいなりじんじゃ)で4社の御朱印を頂きました。
参拝日:2020.12.14

「大稲荷神社」
所在地:神奈川県小田原市城山1ー22ー1
駐車場:あり(無料)
アクセス:JR・小田急線「小田原駅」西口より徒歩約5分

小田原駅西口から徒歩約5分。
賑やかな駅前から少し離れた高台に、地元の人々から「ダイナリサン」の愛称で親しまれる大稲荷神社があります。

商売繁盛や方位除けだけでなく、実は

「勝負運の神様」

としても注目されているこの神社。
今回は、一風変わった見どころをレポートします!


参道には銀杏の葉が黄金色の絨毯のように落ちていました。

👉 全国的にも珍しい「錦織神社」
境内に鎮座する末社の一つ、錦織神社(にしこりじんじゃ)は見逃せません。
テニスの錦織圭選手が活躍した際、名前が同じということでファンが聖地巡礼に訪れ、一躍有名になりました。
今では「勝利」を願う受験生やアスリートが多く参拝する人気スポットです。


「大稲荷神社拝殿」

⛩️大稲荷神社のルーツを探る!歴史の「空白」に思いを馳せて
小田原駅のすぐ裏手に佇む大稲荷神社。

その始まりは、戦国時代の荒波を生き抜いた一人の武士、曲淵吉景(まがりぶち よしかげ)に遡ります。

彼はもともと甲斐武田氏の家臣でしたが、天正10年(1582年)の武田家滅亡後、徳川家康に召し抱えられた実力者でした。
そんな彼が、かつての修験堂に稲荷大明神をお祀りしたのが神社の起源とされています。

⏳ 記録に残る「天正10年」の謎
神社の略年表では、その時期を天正10年(1582年)〜17年(1589年)頃としています。
ですが、ここでちょっとした歴史のミステリーが……。

実はこの時期、小田原はまだ北条氏の領地。
小田原城の目と鼻の先に、徳川家臣の領地があるというのは、当時の情勢を考えると少し不自然な気もしますよね。

💡 管理人の歴史空想:真の創建は「1590年」以降?
そこで私なりに推測してみました。
本当の始まりは、北条氏が滅亡し、徳川家が関東に入った天正18年(1590年)以降ではないでしょうか?

小田原城主となった大久保忠世の配下として、この地を与えられた曲淵氏が、そのタイミングで稲荷様を勧請した……

と考える方が、しっくりくる気がするのです。

その後、城主の大久保氏もこの社を大切にし、伏見稲荷の田中大明神を合祀したのかもしれません。

いずれにせよ、こちらの神社が名だたる武士たちに崇敬されていたことは「真実」ですし、由緒正しい神社であることには変わりありません。

確かな正解は歴史の闇の中ですが、こうして「自分なりの推測」を膨らませてお参りさせていただくことも、神社巡りの醍醐味の一つですよね!

👉 個性豊かなお守り・御朱印・絵馬
大稲荷神社には、他の神社ではなかなか見られないユニークな授与品があります。

・七角形の絵馬
非常に珍しい「正七角形」の形をしています。

・金色の御朱印
豪華な金色の文字が施された御朱印は、持っているだけで金運が上がりそうな迫力です。

・おだわらっ子狛犬
境内の狛犬も個性的で、ファンの間では隠れた撮影スポットになっています。


大稲荷神社境内に鎮座する「愛宕神社」


大稲荷神社境内に鎮座する「田中稲荷社」
天正18年(1590年)小田原城主・大久保忠世が京都伏見稲荷大社の田中大神を合祀したそうです。


「大稲荷神社」の御朱印


「愛宕神社」の御朱印


「田中稲荷社」の御朱印


「錦織神社」の御朱印

御朱印は書置きで4社頂けました。
初穂料はそれぞれ500円でした。

小田原城の見学と一緒に、ぜひ立ち寄ってほしい「大稲荷神社」。
静かな境内を歩くだけで心がスッと軽くなるような、温かい雰囲気の神社です。
次の週末、勝負運アップと癒やしを求めてお出かけしてみませんか?
2020.12.21 12:04 | comment(0)
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御朱印集め初心者夫婦が自由気ままに御朱印巡りをしています。

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