熱田神宮で御朱印をいただきました。

所在地:愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1
駐車場:あり(無料)
アクセス:名鉄名古屋本線神宮前駅から徒歩約3分、JR東海道本線熱田駅から徒歩約8分、地下鉄名城線熱田神宮伝馬町駅から徒歩約7分
名古屋の喧騒の中にありながら、一歩足を踏み入れれば静謐な空気に包まれる「熱田の杜」。
1900年以上の歴史を誇り、三種の神器の一つ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」を祀るこの場所は、戦国時代、一人の若き武将にとって運命の分かれ道となりました。
その武将の名は、織田信長です。
創建の時期
熱田神宮は、第12代景行天皇の43年(西暦113年)に創建されたと伝えられ、1900年以上の歴史を誇ります。
創建の由来(日本武尊と宮簀媛命)
日本武尊は東征(東日本の平定)の帰路、尾張の豪族の娘である宮簀媛命(ミヤズヒメノミコト)と結婚しました。
尊が伊勢の能褒野(のぼの)で亡くなった際、草薙神剣は宮簀媛命の手元に遺されました。
宮簀媛命は、亡き夫を偲び、預かった神剣を祀るために社を建てました。
これが熱田神宮の始まり(創祀)とされています。
御祭神
熱田大神(あつたのおおかみ): 草薙神剣を御神体(神様が宿る依り代)とする天照大神(アマテラスオオミカミ)を指します。
相殿(あいどの)神: 日本武尊、宮簀媛命、建稲種命(たけいなだねのみこと)、素盞嗚尊(スサノオノミコト)、天照大神の5柱が、熱田大神にゆかりの深い神々として共に祀られています。
歴史的な位置づけ
伊勢神宮に次ぐ格式: 三種の神器を奉斎していることから、伊勢神宮に次ぐ日本で2番目に格式高い神社として、古来より朝廷や武将、庶民から厚い崇敬を受けてきました。
名前の由来: 日本武尊が火難を逃れた伝説から、剣が「草を薙いだ」ことで草薙剣と呼ばれ、その剣が鎮座する地が「熱い田(火を放たれた野)」であったことから「熱田」の名がついたという説もあります。

■桶狭間の戦い、運命の戦勝祈願
1560年(永禄3年)圧倒的な軍勢(約2万5千)を率いて尾張に侵攻した今川義元に対し、信長の手勢はわずか数千。
絶体絶命の状況下、清洲城を出陣した信長が真っ先に向かったのが、この熱田神宮でした。
信長はここで戦勝祈願を行い、神前で「白鳳(白真砂)」を撒いて戦意を高めたと伝えられています。
祈願を終えた直後、激しい雷雨が降り注ぎ、それが今川本陣への奇襲を成功させる一助となったというエピソードは、まさに神風が吹いたかのようです。
■今も残る感謝の証「信長塀(のぶながべい)」
見事、桶狭間の戦いで勝利を収めた信長は、神恩に感謝して寄進を行いました。
それが今も境内に残る「信長塀」です。
土と石灰を油で練り、瓦を交互に積み重ねた強固な「練塀(ねりべい)」で、西宮神社の「大練塀」、三十三間堂の「太閤塀」と並び、日本三大土塀の一つに数えられます。
現在は約120メートルほどですが、当時は全長400メートルに及ぶ広大なものだったと言われています。

■刀剣の聖地としての熱田
信長をはじめ、多くの武将たちが熱田神宮に刀剣を奉納しました。
神宮内の「剣の宝庫 草薙館」では、信長や真柄十郎左衛門ゆかりの巨大な大太刀など、武将たちの魂が宿る名刀を間近に見ることができます。
■参拝のヒント
信長と同じルートで勝利を祈りたい方は、本宮へ向かう前に上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)(源太夫社)へ立ち寄るのがおすすめです。
信長も桶狭間へ向かう道中に立ち寄ったとされる知恵の神様です。
熱田神宮は単なる観光地ではなく、信長が天下布武への第一歩を刻んだ「原点」とも言える場所。
信長塀の前に立ち、460年前の緊迫感と歓喜に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

いただいた御朱印。