【長沼八幡宮】源頼朝も馬を止めた?真岡の古社に刻まれた1200年の記憶
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で清水伸さん演じる長沼宗政ゆかりの神社「長沼八幡宮」で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.05.12

「銅製の二の鳥居」

「長沼八幡宮」
所在地:栃木県真岡市長沼1083
駐車場:あり(無料)
アクセス:「真岡IC」より約20分、国道4号線(バイパス)「下坪山北交差点」から東へ約10分、国道294号線「二宮駅前交差点」から西へ約5分

栃木県真岡市、のどかな田園風景の中に、圧倒的な風格を漂わせる神社があります。
それが「長沼八幡宮」です。
ここは単なる地元の氏神様ではなく、かつて日本の歴史を動かした武将たちの足跡が色濃く残る場所でした。

■長沼八幡宮の歴史
長沼八幡宮は、延暦14年(795年)坂上田村麻呂が功を成した桓武朝第二次蝦夷征討の帰還の途上、当地に社を造営し、誉田別尊をお祀りして創建されました。

康平6年(1063年)に、河内源氏2代目棟梁・源頼義が石清水八幡宮から御分霊を勧請し、永保2年(1082年)には、源義家によって社殿が造営されたそうです。

寿永2年(1183年)、野木宮合戦で志田義広を討ち取る功を挙げた下野国の有力豪族・小山政光の次男・宗政は、源頼朝から所領として下野国長沼荘を与えられ、長沼氏を称するようになると、長沼八幡宮を再興しました。
以降、長沼氏の氏神として厚く庇護されていましたが、長沼氏の衰退とともに、長沼八幡宮も衰微してしまったそうです。

慶長9年(1604年)、関東地方の領主であった徳川氏より社領10石が与えられ、ようやく安定することができたそうです。


「朱塗りの随神門」

■始まりは「征夷大将軍」の祈りから
この神社の歴史は、平安時代初期の延暦14年(795年)まで遡ります。
創建したのは、あの有名な征夷大将軍・坂上田村麻呂。
東夷征伐の帰路、この地で戦勝報告と平和祈願のために八幡神を勧請したのが始まりと伝えられています。
1200年以上前から、ここは「武の神」が宿る聖域だったのです。


「随神門の扁額」

■源頼朝の「夢」と、長沼氏の隆盛
時代は下り鎌倉時代。
幕府を開いた源頼朝もこの地を訪れています。
建久6年(1195年)那須野での狩りの帰りに長沼に宿泊した頼朝は、神託を受けて加茂社と春日社を合祀。
さらに神領を寄進し、社殿を再興しました。
これを機に、地元を拠点とした鎌倉御家人・長沼氏(小山氏の一族)の氏神として、神社は黄金時代を迎えます。
長沼氏はここを心の拠り所とし、武運長久を祈り続けました。


「彩色された彫刻」

■江戸の職人技が光る「青銅鳥居」と「随身門」
境内を見渡すと、江戸時代の息吹も感じられます。
まず目を引くのが、元禄10年(1697年)に建立された青銅製の鳥居。
300年以上経った今も鈍い光を放ち、その重厚感に圧倒されます。
さらに奥へ進むと、天明7年(1787年)建立の随身門が。
細かな彫刻が施されたこの門は、激動の江戸中期を今に伝える貴重な文化財です。


「拝殿」

■今も響く、江戸から続く「神楽」の音
長沼八幡宮を語る上で欠かせないのが、市指定無形民俗文化財の「永代太々神楽(えいたいだいだいかぐら)」です。
江戸末期の嘉永2年(1849年)から絶えることなく奉納されており、24の演目があると言われています。
面をつけ、古式ゆかしい衣装で舞うその姿は、一瞬にして参拝者を江戸時代へとタイムスリップさせてくれます。


境内社「千勝大明神」


境内社「二荒山神社」


「千勝大明神」の直書き御朱印


「長沼八幡宮」と「二荒山神社」の直書き御朱印

■御朱印の種類が豊富

通常御朱印(初穂料各500円)
・長沼八幡宮
・千勝大明神
・二荒山神社

季節の御朱印(初穂料各500円)
・長沼八幡宮
・二荒山神社
・千勝大明神

一日参り御朱印(初穂料500円)
※毎月一日限定

一粒万倍日御朱印(初穂料500円)
※一粒万倍日限定

辰巳詣御朱印(初穂料500円)
※辰の日、巳の日限定

特別御朱印(初穂料1000円)
・神門の龍
・火炎の龍
・御成敗式目
・天空の龍(境内社二荒山神社)

切り絵御朱印(初穂料1,200円)

御朱印帳もかわいいデザインのものがありました。

坂上田村麻呂が礎を築き、源頼朝が整え、長沼氏が守り抜いた社。
長沼八幡宮は、派手な観光地ではありません。
しかし、境内の木々に触れ、古い石畳を歩くと、かつてここで兜を脱ぎ、静かに手を合わせた武士たちの体温が伝わってくるような気がします。
歴史のうねりを感じたい日は、ぜひ真岡のこの静かな森を訪れてみてください。
2023.05.15 17:10 | comment(0)
【高田山専修寺】親鸞聖人が建てた唯一の寺|本寺専修寺で時を忘れる旅へ
高田山本寺専修寺(たかださん ほんじ せんじゅじ)で御朱印を頂きました。
参拝日:2023.05.12

本寺専修寺は浄土真宗の宗祖・親鸞聖人が建立した唯一の寺といわれており、昭和42年(1967年)には境内が国の史跡に指定された由緒ある古刹です。

「高田山本寺専修寺」
所在地:栃木県真岡市高田1482
駐車場:あり(無料)
アクセス:北関東自動車道「真岡IC」より約15〜20分

栃木県真岡市の静かな集落に、ひっそりと、しかし圧倒的な存在感を放つ場所があります。
それが「高田山 専修寺」。
ここは、浄土真宗の開祖・親鸞聖人が、その生涯で自ら建立した「唯一の寺院」と言われている、まさに聖地です。

■本寺専修寺の歴史
嘉禄元年(1225年)浄土真宗の開祖・親鸞が、真岡城主・大内国行の懇願により建てられた寺院と伝わります。
信濃国善光寺の本尊である秘仏を模した「善光寺式阿弥陀三尊」を善光寺よりお迎えし本尊としたそうです。
戦国時代には下野国の有力領主・宇都宮正綱の庇護を受け、その子・宇都宮成綱や塩谷孝綱兄弟も手厚く保護したと記録があります。
本寺専修寺は大永6年(1526年)兵火によって炎上、以降は荒廃していましたが、江戸時代に再建され現在に至ります。


「涅槃堂」
平成12年(2000年)に建立されました。
涅槃像(県指定重要文化財)が安置されています。

■親鸞聖人の流れをくむ聖地
この地は、親鸞の教えを受け継ぐ「高田門徒」の中心地。
つまり、浄土真宗の広がりを語る上で欠かせない拠点です。

華やかな大寺院とは違い、信仰の“原点”に近い空気が残っているのが特徴。
派手さではなく、積み重ねてきた歴史の重みが感じられます。
ここが「本寺」と呼ばれるのは、真宗高田派のすべての源流がこの地にあるからです。


「木造金箔塗大涅槃像(ねはんぞう)」
元禄15年(1702年)江戸湯島久兵衛によって木造金箔塗りで造られた3mの涅槃像は日本一ともいわれ、その穏やかな表情には思わず手を合わせたくなります。
昭和39年(1964年)に栃木県の重要文化財に指定されました。


「鼓楼」
弘化3年(1846年)に再建されたそうで、太鼓は名古屋来迎寺の門徒が天保13年(1842年)に寄進したものだそうです。


茅葺の「御成門」

■専修寺の「二つの顔」
歴史ファンなら知っておきたいのが、三重県津市にある「本山専修寺」との関係。
戦国時代の戦火を避けるため、歴代上人が三重の一身田へと拠点を移したことで、あちらが「本山」、ここ真岡が「本寺」となりました。
華やかな「本山」に対し、こちらの「本寺」は、親鸞聖人が実際に歩き、教えを説いた“土の匂い”がするような、素朴で力強い歴史が息づいています。


「鐘楼堂」
嘉永2年(1849年)に再建され、見事な彫刻が施されています。
工匠は、伊勢四日市願誓寺住職・武内義道師だそうです。
梵鐘は三百年以上前に江戸の藤原重正によって造られたものを江戸の門徒が寄進したものだそうです。


「如来堂」
元禄14年(1701年)に再建された如来堂には「本尊・一光三尊仏」が秘仏として安置されています。


「御影堂」
寛保3年(1743年)に再建された御影堂は、栃木県内の堂宇としては輪王寺三仏堂に次ぐ大きさなんだそうです。

樹齢を重ねた木々に囲まれた境内を歩くと、800年前の親鸞聖人の息遣いが聞こえてくるような、不思議な安心感に包まれます。
歴史好きの方はもちろん、心をリセットしたいとき。ぜひ、栃木の「本寺専修寺」を訪ねてみてください。

■歴史好きにこそ刺さる場所
本寺専修寺は、「有名観光地ではないけど、確実に“格”がある場所」です。

戦国・宗教勢力・門徒文化――
そういったテーマが好きなら、かなり刺さるはず。

静かな場所で、歴史を“想像する時間”、そんな贅沢な体験ができる一寺でした。


「開宗八百年記念限定御朱印」を拝受しました。
書き手の方がご不在のため、書置きでのご対応でした。
2023.05.14 16:26 | comment(0)
【中村八幡宮】奥州伊達氏の源流を辿る|「中村八幡宮」に刻まれた武士の足跡
中村八幡宮で御朱印を頂きました。

「中村八幡宮」
所在地:栃木県真岡市中556
駐車場:あり(無料)
アクセス:北関東自動車道「真岡IC」から約15分

栃木県真岡市の静かな森に包まれた中村八幡宮。
ここは単なる地域の守り神ではありません。
実は、戦国最強の武将の一人・伊達政宗で知られる「伊達氏」のルーツが眠る、歴史ファン必見の聖地なのです。

■中村八幡宮の歴史
白鳳4年(676年)天武天皇の勅令により全国に建立された社の1つと伝わります。
永承年間に源頼義・義家父子が前九年の役に際し北関東に建立した8社の八幡社のうちの1社が中村八幡宮だそうです。
文治5年(1189年)源頼朝率いる鎌倉軍の奥州遠征の折、当地領主・中村宗村は当社に戦勝祈願をして参陣し武功を挙げ、奥州伊達郡の地頭職を任じられると伊達郡に移住、伊達氏の祖となったそうです。


「ご神木」

■始まりは天武天皇の勅願
中村八幡宮の歴史は驚くほど古く、白鳳4年(676年)にまで遡ります。
天武天皇の勅命により建立されたと伝えられており、古くからこの地の信仰を集めてきました。
一歩足を踏み入れると、栃木県指定天然記念物の「社叢(しゃそう)」が作り出す厳かな空気に圧倒されます。


「社殿」
本殿は宝徳3年(1461年)頃の造営と伝わり、真岡市の有形文化財となっています。

■伊達氏の祖・中村宗村(念西)ゆかりの地
この神社の最も興味深い点は、伊達氏の始祖とされる中村宗村(なかむら むねむら)との関わりです。
鎌倉時代、源頼朝による奥州征伐で軍功を挙げた宗村は、頼朝から陸奥国伊達郡を賜りました。
彼が奥州へ下る前に拠点としていたのが、ここ中村の地です。
境内には、頼朝から寄進されたと伝わる書状などの家宝が今も大切に保管されており、武家社会の黎明期を今に伝えています。


拝殿には注連縄が張られ、奉納された古い絵や八幡宮の扁額が飾られていました。

■今に息づく武士の気風「流鏑馬(やぶさめ)」
中村八幡宮を語る上で欠かせないのが、毎年9月に行われる例大祭の流鏑馬です。
これは、仙台藩5代藩主・伊達吉村が、祖先ゆかりの地であるこの神社に神馬を奉納したことをきっかけに始まったとされています。
疾走する馬の上から的に矢を射る勇壮な姿は、まさに伊達氏の武勇を象徴する光景。
江戸時代、遠く離れた仙台の殿様が、わざわざこの地を敬ったという事実に、歴史のロマンを感じずにはいられません。

■静寂の中で歴史を噛み締める
現在は「勝負事」や「交通安全」の神様としても親しまれている中村八幡宮。
華美な装飾はありませんが、苔むした石段や巨木に囲まれた境内は、当時の武士たちが戦勝を祈願した姿を想像させる力強さがあります。


拝受できる御朱印は2種類ありました。


直書きで頂いた通常御朱印

伊達政宗という巨大な星を生んだ一族が、かつてこの栃木の地で力を蓄えていた――。
そう思うと、何気ない風景も違って見えてきます。
歴史の「点」と「線」が繋がる感覚を味わいに、ぜひ真岡へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
2023.05.12 11:03 | comment(0)
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御朱印集め初心者夫婦が自由気ままに御朱印巡りをしています。

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